梁塵日記

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zoom RSS 祖母の命日

<<   作成日時 : 2017/03/29 00:33   >>

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祖母の命日。私が生まれてすぐに母が結核になり、実家に戻り納戸で長期療養したため祖母が母代わりに育ててくれた。叔母に連れられ、母を訪ねて行き、帰るときに泣きもせずに「バイバイ」と小さく手を振ったそうだ。たぶん、離れて暮らしてる母より祖母の方が身近な存在だったのだろう。周りの大人から聞いた人生初めての諺は「産みの親より育ての親」だった。耳にタコができるくらい聞いた。
それを母が聞いたらどう思ったか。今にして胸が痛む。

祖父母と暮らしたのは小学4年まで。体の弱かった母は農作業ができないため、父は家督を弟(私の叔父)に譲り家を出た。「家」と「妻」のどちらかを選択し、父は妻を選んだ。小学2年の頃、毎晩、父と母が「別れる」「別れない」と言い合っていた。「別れる」という意味を知るには子ども過ぎた。「この子さえいなかったら」と言うのを何度も聞いた。たぶん私がいなかったら離婚できたのだろう。繰り返される家庭のいざこざに、ある冬の日、このまま雪に埋もれて死ねばみんながうまくいくだろうと思い、外に飛び出した。祖母だったか母だったか追いかけてきた。
大人になり、小学生が自殺を考えるだろうかという論議を新聞などで見たが、論議するまでもない。小学生だって自殺しようと思うのは自分がよく知っている。

祖父母の家を出て両親との新しい暮らしが始まった。
しかし、母と暮らしたのも私が中学卒業し高校の寮に入るまでだから、母にしてみれば私と生活を共にしたのはわずかの期間。自分が親になって初めてその辛さがわかる。祖母は80過ぎまで生き、母は65歳で亡くなった。晩年、祖母はボケたと周りは言ったが、最後に会った時はそんなそぶりはまったく見せず、逆に私のことを色々と心配してくれた。

子どもの頃、近所の悪ガキにイジメられると祖母がその悪ガキをつかまえて怒ってくれた。
井上靖の「あすなろ物語」のおぬいばあさんのようだった。
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