消えた劇場 アートシアター新宿文化

ナマコ(490円)を買ってきたので調理。
この時期、活きたナマコが魚屋に並ぶので嬉しい。
 切った瞬間、身が締まってコリコリするから、薄く切らないと歯が立たない。ビールのつまみに最高。

ちなみに、青森下北では、ナマコは相手をバカにする時に言う。
「このナマゴ!」
「ゴ」にアクセント。
「ナマゴ漁師」は腕の悪い漁師。

逆に「ナマコな奴」と「マ」にアクセントがあると、「ひょうきん者」「お調子者」の意味になる。

<今日の一冊>

 葛井欣士郎著「消えた劇場 アートシアター新宿文化」(創隆社刊 1986年)

 上京した1973年に新宿伊勢丹と道を隔てた向かいに真っ黒なビルが建っていた。地下には小劇場「蠍座」があり、ここは浅川マキが寺山修司演出でデビューコンサートを行ったところ。私がここで観たのは映画だったな。

 やがて真っ黒な外観は真っ白に塗り替えられた。それが、支配人である著者がアートシアターを去った年だったのかもしれない。

 1960年代から70年代にかけて、映画や演劇で最先端を走った「アートシアター新宿文化」。

 一般には上映されにくい海外の芸術系映画や若い映画作家たちの意欲的な作品、実験映画が掛かり、演劇公演も頻繁に行なわれた。いわば「前衛芸術」のメッカだった。

 1962年の『尼僧ヨアンナ』から1974年12月の『田園に死す』まで、幕を閉じるまでに約200本の映画を上映し、夜9時からはオールビーの「動物園物語』から始まり、阿部良作・演出の『悪魔のパーティ』まで98本の舞台を上演した。

 三島由紀夫、大島渚、足立正生、寺山修司、中村伸郎、篠田正浩、清水邦夫、蜷川幸雄、ニコラ・バタイユ、別役実、唐十郎、鈴木忠志、実相寺昭雄、観世栄夫、白石加代子…綺羅、星のごとき才能がアートシアターに結集した。

「一千万映画」と呼ばれ、低予算で製作する芸術映画を擁護するための運動体、いわゆるATG(アートシアターギルド)映画だ。新宿文化はATG映画の封切館となった。

 1967年、新宿・花園神社境内で唐十郎の紅テントが『腰巻お仙 -義理人情いろはにほへと篇』を上演しているとき、向いの新宿文化では今村昌平の「人間蒸発」や「ゴダールの『気狂いピエロ』が上演されていた。

 清水邦夫作、蜷川幸雄演出の伝説的な舞台『真情あふるる軽薄さ』は1969年。『泣かないのか? 泣かないのか1973年のために?』まで毎年恒例になった現代人劇場(後に櫻社)の公演が続いた。 

政治と文化と風俗(今の性風俗ではない)の最前線が新宿文化だったのだ。

 機動隊に追われた若者たちは地下劇場に逃げ込んできた。
 街が狂気と殺意に満ちていた。新宿は若者たちの解放区だった。

「一つの劇場があった。私はそこで実験映画を上映し、劇団の旗揚げ公演をし、そして二本の長編映画を上映した。政治と犯罪が、社会秩序を根底からゆさぶっていた激動の六〇年代から七〇年代にかけて<政治的開放は、局部的な解放にすぎない>と思って、政治を通さない変革に賭けようとした映画演劇作家たちから、<この劇場を一つの発火点として市街ブランキズムの場にもちこもう>とする作家まで、いわゆるカウンターカルチュアの大半がこの劇場の活動を一つのメルクマールとしていたのである…」(寺山修司)

 しかし、新宿文化にも時代の転換点が訪れる。

 1974年12月、寺山修司監督のATG「田園に死す」がお正月映画として封切られる予定になっていたが、東宝配給の洋画「エマニエル夫人」が大ヒットしたため、みゆき座と新宿文化を拡大上映館にあてようと上層部が動いた。ATG映画が新宿文化以外で初日を迎えた例はない。

 寺山修司は反発し、「劇場前にスタッフ全員でピケを張ってでも映画を守る」と宣言。マスコミを通じて論陣を張った。そのため、『エマニエル夫人』差し替えは阻止したが、映画は不入りだった。
 寺山と九條映子(当時)は映画館前に立ち、通行人に無料入場券を配ったが4週間で打ち止めになった。後にカンヌ映画祭で絶賛され、オールタイム日本映画の傑作といわれる『田園に死す』の黒歴史だ。
 
 葛井氏が心残りというのは幻の映画「万延元年のフットボール」のこと。
 
 大江健三郎の原作を別役実が脚色し、原田芳雄、三国連太郎、中村敦夫らのキャスティングが決まったが、横溝正史の「本陣殺人事件」が空前の大ヒットとなったため、ATG路線がエンターテインメント志向となり、「万延元年のフットボール」は企画の段階で潰れてしまった。高橋和巳の「悲の器」も同じ運命をたどった。
 もしこれらの映画が作られていたなら、ATGの終焉はまだ先になったかもしれない。

 60年代から70年代という激動の時代を若者たちと伴走した劇場「新宿文化」。

 新宿ツリー爆弾事件の直後に上演予定だった若松孝二監督の「天使の恍惚」への抗議、劇場爆破予告など事件の裏側、登場する人物を見るだけで血沸き肉躍る疾風怒濤の時代。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2021年06月29日 14:30
懐かしいアートシアター新宿文化の記事を、偶然発見して拝読しました。映画少女だった私は、学生時代にこの劇場でアルバイトをしており、こちらに名前があがっているほとんどの方にお茶をお出ししたり、席をとっておいたりしました。懐かしいです。お時間ありましたら、拙HPをご訪問ください。