ドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」

恵比寿での打ち合わせの前に東中野ポレポレでドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」を観る。

ジャーナリスト堀潤が5年の歳月をかけて追った「分断」された世界。シリアの難民キャンプ、パレスチナのガザ、北朝鮮の平壌、そして基地問題に揺れる沖縄、福島の生業裁判。冒頭は香港の民主主義を守るためのデモ。交通警官が丸腰の1人の若者に向かって銃を発射する。瞳孔が開き意識を無くした若者を無理矢理引き立たせる他の警官。吐き気を催した。
シリアでは爆撃されて死んだ人の遺体が写される。福島の被曝牛。物言えぬ動物の惨状。動物には弱い。一瞬、見なければよかった思ったほどカメラはリアルな現実に踏み込んでいく。

タイトルは「(国家など)大きな単位ではなく一番小さな単位、つまり個人の視点を主体にした。「わたしたちは分断を許さない」ではなく「わたし」が許さないのだ。

 美容院を経営していたが原発事故で土地を奪われた女性は、仲の良かった人たちからの「補償金を貰って裕福な暮らしをしているんだろう」という悪罵にショックを受ける。生業裁判の証言のために荒れ果てた我が家を訪れて、何度も嘆息する。「この光景を見たくなくてずっと来るのを避けていたのかもしれない」と。

彼女は生業裁判に関わり、講演会で自分の体験を語り継ぐようになる。
世間の記憶が薄れ、取り残されていく福島の分断。

同じく福島の被曝を避けて、無理解な夫と別れて息子と沖縄に移住した若い母親。彼女も分断の犠牲者。沖縄では辺野古の基地反対運動に飛び込んでいく。
 
さまざまな「分断」の姿。

分断は同じ犠牲者同士が反目する。
今、コロナ禍で、演劇人同士が上演を巡って足の引っ張り合いをするのも分断。

本当に指弾されるべき「悪党」は高みの見物。

映画の中で、たいまつ新聞のむのたけじさんが、「権力者は何も言わなくても新聞社が自主規制していったことで表現も報道もすべてが崩壊した」と語っていた。

安倍政権が水面に小石を投げただけで野党は分断された。

時代は変わっても「分断」されるのは弱者。

アフタートークは堀潤と田原総一朗。
麒麟も老いては駑馬に劣るというが、田原が麒麟だったかどうかはわからないが、今は老馬以下。

「むのたけじさんの言った自主規制についてどう思いますか」と言う堀潤に「朝日新聞を辞めたのは評価できる」と問いかけに対する答えをことごとくピントを外す。国会答弁か。
もう過去の人物としてほっといたほうがいい。
 トークは途中で出て恵比寿へ。
 東口の瀟洒な喫茶店「」でRさんの新連載の打ち合わせ。マネジャーと同行のRさん、写真撮影があるので不精髭を剃るのにコンビニで電気カミソリを。コンビニで売ってるなんて初めて知った。担当デスクのYさん、カメラマンのYさん。1時間半ほどの顔合わせ。
Rさんはこの後、東宝で衣装合わせ。
18時帰宅。

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