映画「斬られの仙太」

 仕事を終えて税務署へ。この前の申告の訂正。データが残っているかと思ったら、「消去するので残っていません。最初からデータを入力してください」と。担当した若い男性はせっかちなようで、自分で数字を入力したりする。慌ただしい。
結局、控除額が大幅に変わるのだが、源泉徴収分以上は還付されないから、訂正しても還付金は同じ。
去年とかなり違うので聞いてみたら、「今回は年金の源泉額がゼロですから、その分ですね」と。

寺山修司さんも経済のことはからきしダメだったが、私も経済まったくダメ。なぜ年によって年金の源泉が異なるのだろう。
還付金が増えると勇んで行ったのに、変わらないと分かり帰りは悄然と。
遠回りだから2駅分の道のり。なじみの喫茶店に落ち着こうと思ったら「人手不足のため臨時休業」。ついてない( ; ; )
仕方なく「オルガン」まで歩く。2駅歩いた距離。シフォンケーキとカフェオレで600円。

 帰宅して録画した映画「斬られの仙太」(1949年 東宝)を観る。

 原作は三好十郎。脚色・演出は滝沢英輔。

 基は1934年に初演された舞台作品。2021年には上村聡史演出で新国立劇場で上演が決定した。
 映画版は舞台版とは人物設定などだいぶ異なる。
 
 江戸末期。常陸の国の水呑み百姓・仙太郎(藤田進)は凶作のために年貢の減免と取立の猶予をお上に訴えるが、その咎で百叩きの上、兄と共に村を追われる。道端で息も絶え絶えのところを利根の郷土・甚伍左(青山杉作)と水戸藩士・加多源之助 (山村聡)に救われる。甚伍左は洋学を学び、四民平等、議会主義の西欧の事情に通じていた。源之助は幕府転覆するため水戸天狗党を旗揚げ、甚伍左の思想に共鳴してた。

 甚伍左の娘・お妙 (花井蘭子)の介抱で病が癒えた仙太はお妙の餞別を胸に旅立つが、街道でスリに遭い追いかけるが斬られてしまう。
 その3年後、やくざに身を落とした仙太がお妙の元を訪れる。甚伍左は天狗党と行動を共にし、お妙は孤児たちを集め世話をしている。
 仙太は百姓のための世の中になることを信じて天狗党に入党、腕がたつため重用され、頭角を現す。
 しかし天狗党は幕府軍に追い詰められていく。頼みの長州藩も天狗党を見限る。
 窮した天狗党は仙太に命じて百姓家から米を徴発するも、仙太は天狗党の理念に次第に疑問を抱いていく…。

 理想を掲げた天狗党が戦況が不利になるにつれ、党利党略のために変節し、助命嘆願のために上士以下の百姓志願兵たちを斬り捨てていく。その非情。
 底流にあるのは前衛党に対する三好十郎の抜きがたい不信。仙太の懊悩、葛藤は三好十郎のそれだろう。
 天狗党の末路は70年代革命党派の自棄、転落と重なる。
 
 三好十郎の作品に触れたのはここ10年くらい。もう少し早くにこの演劇界の巨人の作品を観ていれば。
 唐十郎が自分のペンネームの由来は三好十郎から取ったというのもわかる。三好十郎のぺシミズムの淵源は幼くして両親を亡くしたため孤児として育ったことが大きいのかもしれない。
 
 映画は現代の小学校のシーンを挟む。
 子どもたちに「新しい民主主義」を教える教師が封建時代の物語として回顧するという構成。

「戦争が終わり、封建制が排除されました、でもどんなに民主主義の時代になっても、私たちの心の底に封建的なものが残っていれば真の民主国家とはいえません。不断の努力なしには民主主義はまた封建制に戻ってしまうかもしれません」

 まさしく。A級戦犯容疑者を首相にしたり、戦争放棄しても再軍備していった日本。封建制の残滓を完全に払拭できなかったツケが70数年後に、封建制の悪魔を呼び起こした。
 1949年公開。まだ戦後民主主義の理想が息づいていた時代の映画。
 仙太の帰還がまぶしく映る。
 

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