梁塵日記

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zoom RSS TOKYOハンバーグ「KUDAN」

<<   作成日時 : 2017/04/13 15:54   >>

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14時、座・高円寺1でTOKYOハンバーグ「KUDAN」(作・演出=大西弘記)。

 東電福島第一原発の爆発によって無人の荒野と化した牧場。しかし、そこにも生命の芽生えがある。被爆後、すべての牛を断種したはずなのに一頭の牝牛が身ごもる。その牛が生んだ仔は人間の娘だった…。

 原発事故後、今に至るまで、被曝した牛300頭以上の「殺処分」を拒否し、飼育し続けている吉沢正巳さんの「希望の牧場・ふくしま」をモチーフにした社会派ダーク・ファンタジー。

 牛だけではない、人間に置き去りにされた犬や動物たちの無惨な姿、そして彼らを遺棄したことを後悔し続ける人々の無念が描かれる。物語性よりコラージュ性の強い舞台であり、冒頭の件=クラープ誕生への祈り(呪詛?)を動物に擬人化された役者たちによる集団群舞で行うのもTOKYOハンバーグとしては珍しい展開。

 牛と人間の仔「件(くだん)」を初めて知ったのは小松左京の小説「くだんのはは」だった。戦時中に暗い納戸で暮らす「くだん」が予言する近未来。恐怖小説の最高傑作といえる。

 この舞台の「KUDAN」が原発震災の次に予言するものとは何なのか。牛から生まれた少女「くだん」に焦点を絞っての物語展開かと思ったが、牧場主(藤原啓児)とタクシー運転手でボランティアの女性(中村榮美子)らと役場職員(内谷正文)らの確執や、飼い主と犬(阪本篤)の愛憎、原発作業員の実態など物語の焦点が拡散された感がある。それだけ原発事故がもたらす影響は多岐にわたるということ。

 異種である牛の仔クラープ(山本由奈)の存在が問いかけるのは「産まれるということ、生きるということ、そして死ぬということ」の意味と原発事故によってそれが寸断された不条理。事故後に無脳症で生まれたわが子の遺体をいつまでも抱きかかえ、慈しむ母の姿とも向き合わざるを得ない。

 舞台に溢れるのは「原発震災」の不条理への作者の怒りと悲しみ。原発事故で伊勢に移住した姉妹の物語「愛、あるいは哀、それは相。」もそうだが、権力の犠牲になる市井の人々への哀惜に満ちている。
 絶望は希望に転化できるのか。絶望の中にあっても決して希望を捨ててはいけないという祈りにも似たラストシーン。
 芝居は終わるが現実は続いていく。虚構と地続きの現実を忘れてはいけないという意志が拍手を拒否する「カーテンコール」の演出に現れていたように思う。

 流山児☆事務所の甲津拓平、トラッシュマスターズの森田匠らが戯曲を血肉化していたのはさすが。永田涼香、元劇団員の光藤依里がしっかりと大西の意図を受け止めていた。無名塾の鷹野梨恵子ののびやかなダンスが魅せる。
 総勢30人を超す大所帯の一糸乱れぬパフォーマンスも見どころ。
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